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「英語の神様」と呼んでおりました

rDSCF0073.jpg私は現在東京において翻訳会社(http://www.s777come.server-shared.com/)を経営している川田と申します。

1970年代後半のことですが、当時平野先生は、大阪は梅田のサンケイビルの1室で毎週日曜日に (通訳を通した) 英語の勉強会を主催していらっしゃり、私はこれに参加させていただいておりました。この無料の勉強会への参加者は社会人が多かったのですが、私は、関西地方のある大学に在籍する学生でした。

それから10年後、私自身が英語を教える仕事を始め、教える仕事には準備、テストの作成、添削など、大変な裏の作業があることが初めて分かり、先生が無欲で寛大であられることを改めて認識した次第です。

このため、20年以上も前から平野先生には報恩したく、先生の所在を突き止めようとしていましたが、そうできたのは数年後にインターネットの使用を開始し、知人のプログラマーの協力をえて、やっと先生の経営されるヒューコム・インターのホームページにたどり着けた時でした。

今ではアメリカの大学院を卒業した人はたくさんいますが、そのような方が少ない時代に、それを鼻にかけるわけでもなく、威張るわけでもなく、当時から私は平野先生のことをなんと寛大な方かと思い、先生のことを「英語の神様」と呼んでおりました。この勉強会以外にも年末にはご自宅での忘年会に招待していただいたり、ディベートを見学に行った後、ご自宅で夕食をいただいたりしたことも嬉しい記憶として残っています。

週休2日が定着していないこの時代の貴重な日曜に、当時新婚であられた先生はきっとご家庭でくつろぎたかった違いありません。今から考えると交通費だけでもお支払いすべきだったのですが、私たちは、なんと厚かましいことをしていたのかということが分かり汗顔の至りです。

安易に英語や英会話学校が乱立し、安易な教授法でそれらを教えられる今日においても、先生は英語や英会話の正しいあり方を研究し、その正しい教授法を開発し、それらで持って人々をを正しく導いて行くことを生涯のミッションとしておられます。

以上のような訳で、一人でも多くの方が、平野先生が開発されたヒューコム・アプローチによる、先生自らの英語・英会話の授業を一度は受けて見られることをここに心底からお勧めいたします。

 

川田純枝

1959年生まれ

1981年関西外国語大学外国語学部英米語科卒業

1979年より1980年まで同校交換留学生としてウィスコンシン大学へ留学

1984年より1985年までシカゴ大学大学院へ留学

 

これ以降の経歴は弊ホームページをご参照ください。

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