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みんなの英語・英会話革命13.(修正)「シャープペン」の英語での説明*

 13.「シャープペン」の英語での説明法

さて、前回の(例 3)の方法、つまり、『本番英会話』におけ
る「和製英語」と呼ばれる 'a sharp pen' の英語での説明法で
すが、これはその場にシャープペンがない場合です。
それがその場にあれば、前回の(例1)や(例2)方法を取ら
ないと愚かなことだと相手は思うでしょう。

ある言葉が何を表しているのかを説明する時、その言葉が表し
ているもの自体やその写真や絵がその場にあったら、それを相
手に見せ、そのものを指し示して、これだ(、あれだ、それだ)
と言ったり、説
明したりするのが常識あるいはコモンセンスで
すから。

さて、その英語での説明では、
ーーーーーーーーーー

Bob: Eiji, What is a 'sharp pen'?
(=英治さん、「シャープペン」って何ですか?)

Eiji: Well, (it's) a pencil.
(又は、It's a kind of pencil.)
(=そうですね、(それは)鉛筆です。)

((注:) It's something(=あるもの). でさえもよい。)

ーーーーーーーーーー
と、先ずそのもの自体に関する発話ができることが重要です。
実はこれが私達日本人にとって難しいのですが・・・。

そうすると相手は、
ーーーーーーーーーー

Bob: What kind (of pencil is it)?
(=どんな(種類の)(鉛筆ですか、それは)?)
((注)の It's something. の場合は、What kind of thing
is it ?(=それはどんなもの(ですか)?

ーーーーーーーーーー

などと言いますから、一方の手でシャープペンをにぎり、芯を
出すジェスチャーし、他方の手の人差し指で出てくる芯の先を
示しながら次のように言って、それで何かを(ノート等の上に)
書くジェスチャーをすれば説明が終わります。

ーーーーーーーーーー

Eiji: The 'shin' comes out 「like this (=this way), and (we)
write (with it).  You see?
(=しんがこのように(したら)出てきます。そうしたら書き
ます。分かりますか?)

Bob: Oh, you mean, 'a mechanical pencil'.
So 'shin' means 'a thin piece of lead'.
(又は、And the Japanese for the 'lead' is 'shin'.)
(=ああ、「メカニカル・ペンスル」のこと(を意味している
ん)ですね。 だから、「しん」とは、「レッ(ド)」のこと
ね。(or そして、「レッ(ド)」の日本語は「しん」なんだ。))

ーーーーーーーーーー

このように解説すると、皆さんの中には

『英会話なのに(主として)ジェスチャーで伝えても良いので
すか?』

とか。 また、

『英会話なのに「しん(=芯)」などと、日本語を使って良い
のですか?』

などといぶかしく思われる方もいらっしゃると思います。
いや、多いのではないでしょうか。
いや、いや、大概の方はそう思われるようです。

実は、このことこそが私達日本人が『英会話』を学習する場合
の重大問題であり、最重要問題だと私達は思っています。
次回は、このことについて少しお話したいと思います。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 

みんなの英語・英会話革命14.(修正)ノンバーバル・コミュニケーションへ*

 14.ノンバーバル・コミュニケーションへ

さて、私達日本人が『英会話』を学習する場合の
私達が最重要問題だと思っていることですが、
それは具体的には次のようなことです。

以下全て、教室での『本番の英会話』の状況でのことですが、そ
れが家の居間や客間であろうが、ホテルのロビーや部屋であろう
が同じことです。

ネイティブスピーカーの先生が

"What is 'GOMIBAKO'?"
(=「ゴミ箱」って何ですか?
"What is 'KONSENTO'?"
(=「コンセント」って何ですか?)
"What is 'KEIJIBAN'?"
(=「掲示板」ってなんですか?)

などと尋ねられ、それに当たる英語の語句をご存じない場合の生
徒さん達の反応です。
それらがその部屋にあるのに、それを指し示して

"That is a 'GOMIBAKO'."
(=あれが「ゴミ箱」です。

"That is a 'KONSENTO'."
"That is a 'KEIJIBAN'."

などとお答えになる方が非常に少ないことです。

そして、そうすればよいことを言いますと、
「先生、英会話でも日本語を使って、指し示して知らせても良い
のですか?」
などと尋ねられる方がいらっしゃることです。

中には、ゴミ箱を見ながら、英語で説明しようと思い、覚えたこ
とのない「ゴミ」に当たる英単語を思い出そうとして苦悩なさっ
ている方もおられました。

また、次のC先生と、中級もかなり進んだ正田梅雄とおっしゃる
生徒さんの『本番英会話』の例を観てください。
ーーーーーーーーーー

C先生:Umeo, how do you write your name in Chinese
characters?
(又は、What are the Chinese characters for your name?)
(意訳=お名前は漢字でどう書くのでしょう?)

梅雄さん:Well...let's see... First, I draw a line horizontary
above, and then from the center of it I draw a line vertically
down...
(=そうですね...えーっと...先ず、上のほうに、横に一本
の線を引きます。それから、その中央から縦に一本の線を引き下ろ
します...)

(⇒「正田」の「正」の書き方を英語で説明しようとなさっていま
す。)

C先生:Umeo, you don't have to explain it in words. You can
write your name down on your notebook and show it to me.
(=梅雄さん、言葉でそれを説明しなくて良いのですよ。ノートに
お名前を書いて、見せてくだされば(それで良いのです)。)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

みんなの英語・英会話革命15.(修正)思い込みと強迫観念*

 (本日、追加)

15.思い込みと強迫観念

前回の後半では、C先生が正田梅雄とおっしゃる生徒さんに、そ
のお名前を漢字でどう書くのかを尋ねられた時の『本番英会話』
例を紹介しました。

が、同様なことが私の授業にもあり、相手の会社員の方に
「どこかにお名前を書いて見せて下されば良いだけですよ。」と
申し上げると、

「(本番の)英会話であっても、英語で説明しなくても良いので
すか? 書いて見せても良いのですか。」

とおっしゃったのには驚きました。

私の非常な驚きは、以上のように

「『本番の英会話』では全て音声としての英語の語句や文で表現
しなければならない。」

と思い込んでいる人がいかに多いかということです。

そして、それが強迫観念にまでなっているようです。

私達人間は『会話』というものを言葉だけでしているのではあり
ません。

言葉の他に、目線や表情、ジェスチャーや態度、さらには行動や
その場にあるものや見えるものも用いてしているでしょう。

つまり、非言語伝達法(= nonverbal communication means)
も用いてしているのです。 気楽な気持ちで。

ところで、この非言語手段(=nonverbal means)が会話を含め、
話し合いや討論や質疑応答などの即座性の強いの口頭コミュ
ニケーション活動には特に重要です。

ちなみに、十分準備できるスピーチや講義においても、これを上
手く用いないとそのスピーチや講義は生き生きとしてこないでし
ょう。

そして、この非言語伝達法を上手に用いることは、やり方によっ
ては簡単なことです。

発想変えて、英会話を含め上記の口頭コミュニケーション活動を
皆、人間と人間の間のコミュニケーション活動であるとすれば、
短期間でだれでも上手になれるのですがね。

にもかかわらず、どうして私達日本人英会話学習者はほとんど皆、
即座の英語口頭コミュニケーションにおいて、非言語伝達が下手
で、英会話は英語という音声言語だけでしなければならないなど
と思い込んでしまっているのでしょう。

皆さんはもう、その原因がお分かりですね。
そうです。
その原因は主として、それが英語であれ英会話であれ、従来の
「暗記暗唱テスト法にのみによる
英語の教育学習」
です。 つまり、

「わけがよく分からなくても良い、暗記した英語(や和訳)の中
から条件反射的に適当と思われるもの選び出し、必要と思われる
修正
を加え、わけも良く分からずにすばやく暗書あるいは暗唱
きるようになること
のみが目的の教育(?)学習」

が原因です。

英語の教育学習の目的はあくまで、英語の読み書き力はもちろん、
本番の英会話力や英語でのディスカッション力や質疑応答力も含
めた
「英語の真の実力養成」
でなくてはいけません。

テストは、手段としては良いのですが、目的となってはいけませ
ん。 絶対に。 

ーーーーーーーーーー
 

みんなの英語・英会話革命16.~69.に関して

みんなの英語・英会話革命16~69.

上記記事は紙数の都合により、割愛させていただきます。
同16~69はネット上の「ヒューコムブログ」をご覧いただければ
幸いです。

ただし同記事のタイトルだけは、最後に掲載させていただきます。

みんなの英語・英会話革命70.「英会話は楽しいか?」愚問?賢問?I *

(再掲載)

70.「英会話は楽しいか?」愚問?賢問?I

ここに一冊の古い本があります。
「国際英語のすすめ」と題され、昭和47年5月15日(197
2年)に実業之日本社から出版された新書です。

著者は、今ではご存じない方も多いようですが、当時は日本国中
で英語の神様のように思われていた同時通訳者の国弘正雄氏です。
同氏は、当時、国際商科大学の教授であられ、また、NHKテレビ
中級英語会話講師として、世界の著名人相手のインタビュー番組
を担当なさっていました。
ちなみに、現在、NHKテレビ「ニュースで英会話」の講師をなさ
っている鳥飼久美子さんは当時、同氏のお弟子さんでした。

この「国際英語のすすめ」を、私はミシガン州立大学の大学院で
「異文化コミュニケーション」を学ぶために渡米する前年に読ま
せて頂いて、大変参考になり、本当にありがたく思いました。
がしかし、そのご意見ににいくつか根本的な、それゆえ重大な問
題があるとも思いました。

紙面の都合上、ここでは最も根本的で重大だと思われる1点を同
書から、そして、次に根本的で重大だと思われるもう1点を同氏
の「落ちこぼれの英語修行:異文化のかけ橋をめざして」(19
81年、日本英語教育協会)から問題にしたいと思います。

最初の1点は、前書の、第5章「英語をどうやって学ぶか」の
「英会話は楽しいか」という項で、
同氏がこの「英会話は楽しいか」という質問は愚問だと言い切っ
ておられることです。(96頁)

「しょせんは外国語でしかない英語を操ることは、綱渡りをなり
わいとするアクロバットのようなもので、ちょっと油断をしたり、
バランスを欠いたりしたら最後、何十メートルも下に落ちて、墜
死は免れない。アクロバットの専門家にあなたは楽しんで綱渡り
をしていますかと尋ねるようなもの」
とも、

「命がけでやっているんで、楽しむ余裕なぞありません、という
答えが返ってくるにきまっているから」(以上共に96頁)

とも言っておられる。

同氏はこのことに関し、
「なぜ(本番の)英(語)会話が苦しいに決まっているか」
その3つの理由を含め、10頁強も割いておられます。(96~
106頁)

これは多分、本番の英会話に苦しんでいる、同氏のテレビ番組の
聴者やご著書の読者に、1度ならず、
「先生は英語で会話中、(それを)楽しくしていらっしゃいます
か?」

などと尋ねられなさったのだと思います。

そして、同氏にすれば、
『苦しいに決まっている英会話が楽しいか、とは何ごとだ!

などというお気持ちで、同氏にとってのこの『愚問』に一々お答
えにな
れず、同書でそれに対する意見をまとめて述べられたので
はないで
しょうか。

私にとっては、それは英語・英会話関係で、この上ない『賢問
なのですがね。

(次回に続く)

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みんなの英語・英会話革命71.「英会話は楽しいか?」愚問?賢問?II*

(再掲載)

71.「英会話は楽しいか?」愚問?賢問?II

'Englishi conversation' (=英(語)会話)の実態は 'conver-
sation' (
会話)でしたね。

そうではなくて英語(English)だと思われる方はぜひネイティ
ブスピーカーに、

Is 'English conversation' English or conversation?
(=「英(語)会話」とは英語ですか、それとも会話ですか?)
と聞いてみて下さい。
この答えは明白で尋ねるまでもないので、馬鹿にされるかも
知れませんが。

さて、前回、同様なことを問題にした時は英英辞典を引きました
が、今度は英和辞典で conversation を引いてみましょう。

大修館のジーニアス英和辞典には、
1.(うちとけた)会話、対談、座談、2.交際、親交
とあります。

また、小学館ランダムハウス英和大辞典には、
1.(打ち解けた)会話、対談、座談;(事務的な)会談、話し
合い
2.交際、付き合い、社交、親しい交わり、親交
とあります。
(ちなみに、角川新国語辞典によると、「打ち解ける」=隔てな
く親しむ、気をゆるす、くつろぐ)

これらを見ても、conversation (会話)というのは
「親しく交わり打ち解けた話し合い」で、これを日本語でしてい
る時は実に気楽で、楽しいはずです。

もちろん、私は quarrel (口げんか)の話をしているのではあり
ません。
conversation (会話)の話をしているのです。

そこで、英会話を懸命に習い、英会話力が身に付いてきたら、英
語でこれをしている時も同様に気楽で楽しいのが本当ではないか。
しかし、自分はちっとも楽にも楽しくもならない。
自分のしていることがどこか間違っているのではないか。

このような心理状態にある人が、
中学生になって初めて英語に接した
先輩やプロで、上手に英会話
をしている人がいたら、その人に、

「英会話は楽しいですか?」

と先ず尋ね、楽しいのならどうしたらそうなれるのか聞きたいと
思ったとしても、ごく自然ではないでしょうか。

自分のかかわるあることに関して、何度も変だと思い、自分で考
えても納得がいかない。
そこで、素直にその方面の先輩やプロに尋ねてみる。
そのような疑問はものごとの本質に触れていることが多いのです。

そして、ものごとの本質に触れている疑問には『愚問』どころか、
賢問』が多いのです。

なぜなら、そのような疑問を晴らそうとすることは、そのものご
との根本的本質的改善に向かって歩みだすことですから。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

みんなの英語・英会話革命72.改悪されている英語英会話教育*

(再掲載)

72.改悪されている英語英会話教育

私にとっては(本番の)英会話はとても楽しいものです。

また、私達の学校や教室に体験授業に来られた方々で、本番の英
会話を経験した事のある方達にはたいがい、
「(その時、)楽しいでしたか?」とか、
「(本番の)英会話は楽しいですか?」
などと尋ねるようにしています。

ということは、このような「愚問」をしばしば発し、苦しいはず
の英会話をとても楽しく思っている
私は愚人の極みということに
なりますよね。

私は良いですよ。 誰にどう思われようと。

しかし、英語や英会話の教育や学習の神様のように思われておら
れる国弘正雄氏ともあろうお方が、上のようなことを公に断言さ
れた時の、私たち日本の英語や英会話の教育者や
学習者に与える
悪影響
の大きさはどれほどのものでしょう。

計り知れません。

(本番の)英会話とは本当はごく気楽で楽しいものであるのに、
その真反対の、この上なく辛く苦しいものであるという先入観を、
ほとんど全ての日本の英語や英会話の教育者や学習者に与えてし
まうのではないでしょうか。
そして、正しい英会話法への道を断ち切ってしまうのではないで
しょうか。

同氏が、本番の英会話とは辛く苦しいものだと決め付けておられ
のは
「英(語)会話」というものを完全に誤解なさっている
らでしょう。

つまり、本書ですでに触れたように、いわば芝居の立ち回りのよ
うな練習ばかりを積み上げて
剣術の立会いや真剣勝負をなさるか
、あるいは英語の受験やプレゼンテーシのつもりで本番の英会
話に臨まれるから
、不必要に苦しい思いをなさるのだと思います。

「英会話」とは主として英語でする「心理社交術」です。
「英語プレゼン(=発表)術」では断じてありません。
この根本を完全に誤解なさっています。
他のほとんどの日本人英語・英会話のプロと同様に。

かえって、同アマ(チュア)のほうが、この本当のところを感じ
ていたり、分かっていたりする方が多いようです。

ところで、太平洋戦争が終わってから70年近くになりますが、
その
終戦後しばらくしてから現在まで、ずーと日本では英会話熱
が続い
てきたと私は思っています。

大きな、また小さな浮き沈みはあったけれども。

この英会話熱を生み出したのは進駐軍でしょう。
そして、これを加熱させ英会話の大ブームを起こしてきたのは、
まずは東京オリンピック、次に大阪万博、さらには英語教育大論
争、円高による海外旅行ブームや企業の海外進出、政府の海外視
察などの出来事で、今回の2020年東京オリンピック開催の決
定は再びこのブームを加熱させようとしています。

がしかし、私の考えでは、
日本の英会話教育は明治以来、全く改善されていません。
いや、むしろ、意訳中心の暗記暗唱主義により改悪されていると

思います。

英語教育も同様です。

今やこの問題を根本的に考え直し、橋下前大阪府知事のおっしゃ
ったように、英語英会話教育学習に革命を起こさねばならないと
思うのですが、いかがでしょう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

みんなの英語・英会話革命73.「英借文的読み方」*

(再掲載)

73.「英借文的読み方」

前回紹介しました国弘正雄氏はまた、
英語のライティング(=書き方)力習得法として、同氏が

「英借文的読み方」

と称されているものを、「落ちこぼれの英語修行」(71.で紹
介済み)の96ページで、ご経験をもとに提唱されています。

これをすれば、英文を読む時、その英文を
「自分が書くつもりで英語を読むから、読みが深くなる」
ので、英文を書く時に大いに役立つ旨を述べられています。

この「英借文的読み方」も少し問題がありますが、大問題なのは
同氏のその直後のことばです。

「つくろうなどと偉そうなこと言わないで、もっぱら借りまくれ、
つくれるわけなんかないんだから、というわけです。これはかつ
て宮沢喜一氏(注:第78代内閣総理大臣)
の義父で、早稲田大
学の伊地知純正と
いう英作文の大先生が盛んに力説されておられ
たやり方
です。」(ブロック体と注は筆者)

という。

以上から分かることは、伊地知純正大先生はもちろんのこと、わ
が国で英語の神様のように思われている国弘正雄氏も、

『私達、英語を外国語として学習し始めた日本人が英文を話した
り書いたりする場合、できるのはせいぜい英借文で、英作文など
決してできるものではない』

ということでしょう。

日本のトップクラスとされる英語や英会話のプロや学者や先生方
の上記と同見解を、私は何度も聞いたり読んだりしましたが、私
の不勉強のためか、それに対するきちんとした反論を聞いたこと
も読んだこともありません。

もし、英語や英会話のプロや学者や先生方がほとんど皆そう思い
込んでいらっしゃるとしたら
、これは日本の英語英会話教育学習
における重大な問題です。

このことに関連してですが、私のミシガン州立大学留学当時も、
同大学でMBA(=経営学修士号)を目指す日本人留学生が多数
いま
した。
が、そのお一人が学期の小論文を、引用文以外も英作文しないで
英借文して提出されたら、教授に呼び出され2度とこのようなこ
とをしないように、したら即退学となると忠告され、非常に困っ
ておられたのを思い出します。

英借文と英作文との違いには微妙な点もありますが、国際的に堂
々と学問や仕事をやっていくためには、『
英作文』つまり、「英文
で表現」ができるようにな
らないといけません。

絶対に。

が、恐れる必要はありません。
英作文なんてやり方によっては簡単です。
ただし、
本物の現代英文法』を正しく学べばの話です。
できれば、『本番の英会話法』を通して。

『英文的読み方』ではなくて、本番の英会話法と本物の現代英
文法を正しく身に付けて様々な現代英文の『英文的読み方』
をしてみませんか。

TOEFL-iBT などたいして難しくなくなりますよ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

みんなの英語・英会話革命74.ラテン(語)英文法*

(再掲載)

74.ラテン(語)英文法

前回、私は英語や英会話を本当の意味でマスターするには、
英借文』などしていてはいけない、英文を発話したり書いたり
する時は『
英作文』、つまり「英文で表現」ができるようになら
ねばならない旨をお話しました。

そして、英作文ができるようになるためには、
本物の現代英文法
を身に付けねばならないとも言いました

がしかし、日本の、いや世界中の英語や英会話のプロや学者や先
生方は、ネイティブスピーカーも含めほとんど皆、実用的な「英
文法」といえば、私達が『
ラテン(語)英文法』と呼ぶもの、つ
まり、

「(古代)ラテン(語)文法のパラダイム(=枠組み、組織)を
現代英語に無理やりに当てはめた
従来の学習英文法」

を後進の方々に教え込んでおられます

そのため、後進の方々はわけの良く分からない英文法の世界に入
り込んでしまいます。
もっとも、前進の方々もかつて後進だった時に、同「ラテン英文
法」の世界に引きずり込まれなさったのでしょうけれど。

この輪廻は早晩絶たねばなりません。

従来の(ラテン)英文法の枠組みの基礎というか、その土台は英
語の単語を8種類に分類する「8品詞」と呼ばれるものです。

ところで、この「8品詞」を基礎とする「ラテン英文法」の最も
強力な擁護推奨者であられる
渡部昇一博士は、現代日本の英語の
教育や学習にこの上ない悪影響を及ばされていると
私は思ってい
ます。

同博士のその悪影響に関しては、本書の付録をご覧頂ければ幸い
です。

ちなみに「8品詞」とは、ご存知のように、

名詞、代名詞、形容詞、副詞、動詞、前置詞、接続詞、間投詞

のことです。

正式な英文を作る時、最も重要な品詞は「動詞」ですが、これ1
つ取リ上げてみても、この分類では文作成上の働きが全く違う
「助動詞」も「不定詞」も、「動名詞」も「現在分詞」も「過去
分詞」も「動詞」の1種となってしまいます。

また、「接続詞」1つとってみても、その下位区分の「対等接続
詞」と「従属接続詞」の文作成上の働きが全く違うのに同品詞と
されています。

さらにまた、「名詞」と「代名詞」は文作成上の働きがほとんど
同じなのに別品詞とされています。

このように狂った基礎や土台の上になる狂った英文法を用いて
ては、英文で話したり、英文を書いたりする時、(文法的に)正
しい英文が次から次へと作り出せず、広義の「英借文」をするし
かありません。
つまり、正しい英文を「暗記」し、その場に適当と思われる英文
を思い出し、必要と思われる「語句の入れ替え」をし、これをよ
く分からずに唱える「暗唱」
(あるいは筆記する「暗書」)しか
できないのも無理ないのです。

が、そのような暗記暗唱(や暗書)では、責任のある発話をした
り、責任のある筆記をし
たりしなければならない本番のコミュ二
ケーションという真剣
勝負の場では、全く太刀打ちできないのは
明白でしょう。

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(付録1.)今までの学習英文法と本物の学習英文法*

「やり直し英語」初・中級:

今までの学習英文法と本物の学習英文法




今までの実用的な英文法は、「学校文法」 とか 「学習文法」
とか呼ばれている、皆さんが今までに習って来られた英文法です。

ところで、このような英文法をまとめて、学問的な 「研究英文法」 と
は区別して、
「学習英文法」 あるいは 「実用英文法」 と呼ぶことにします。

ちなみに、学問的な英文法は、ノーム・チョムスキーという有名な学者
のものを筆頭に実用的には全く役に立ちません。
つまり、私達一般の外国人がそれを習い、英語力を身に付けるために
はです。すなわち、英語を正しく聞き取り、正しく話し、英語を正しく読み
取り、正しく書けるようになるためには全く役に立ちません。

さて、世界中で教えられたり、独習されたりしている
「学習英文法」 あるいは 「実用英文法」 ですが、
それらは、枝葉は多少異なっても、その根幹 (=根本) は
8品詞 (又は、これに 「冠詞」 を加えて9品詞) を中心とし、


矛盾に満ちた、全く不適切なものばかり

です。


(ちなみに 「8品詞」 とは、
名詞、代名詞、形容詞、動詞、副詞、前置詞、接続詞、間投詞の
8つです。
これらの 「8品詞」 では、どのように不適切で、どのような矛盾を
引き起こしているかはいずれお話します。)

ですから、
それらの学習英文法は真面目に学習すると、
ごく一部の天才的な (感覚の) 人々以外、
学習すればするほど頭が混乱し、
英語や英文法が益々分からなくなるのです。


その結果でしょう、
多くの人達が 「英文法」 と聞くだけで 拒否反応 を起こされる
ですが、
今までの学習英文法では、そう成ってしまうのも無理ありません。


なぜ、「学習英文法」 が、このような酷い状態のままになってい
るのでしょう?


これは、一言でいうと、
今までの 「学習英文法」 は全て、
古代ローマで使われていたラテン語の 「文法の枠組み」 を、
全く合わない現代英語に無理やりに当てはめたもの

だからです。
あるいは、そうした後、その枝葉を変えただけのものだからです。


オランダ語を弟としドイツ語を従兄とする 「英語」 の祖先は、ラテン
語ではありません。 ゲルマン語です。

フランス語やイタリア語、それにスペイン語やポルトガル語の祖先が
ラテン語です。

ここに2つの重大な疑問が生じるでしょう。

1つは、何故、そんな系統の違う文法の枠組みを英語に当てはめ
ているのか?

もう1つは、何故、そんなに古い文法の枠組みを現代英語に当て
はめているのか?

この2つです。

これにはもちろん歴史的な原因というか、理由があるのですが、
この原因や理由に興味のある方々には、英文法あるいは英語学の
歴史に関する書物を読んで頂くとして、

ここで私の言いたいのは、

「ラテン文法の枠組みでは、
現代英語の成り立ちは絶対に正しく捉えられない。

だから、ラテン文法の枠組みを土台にしている
今までの学習英文法は、
英文を正しく聞いたり、話したり、読んだり、書いたりするのに、
言い換えると、正しく英文を理解 (=解釈) したり、英作文したり
するのに、
役に立つどころか、返って大きな障害となる。」

ということです。


英語の祖先は西ゲルマン語で、インド・ヨーロッパ語族のゲルマン(語)系です。
ラテン語は、インド・ヨーロッパ語族のイタリック(語)系です。

そこで、ラテン(語)文法の枠組みを、
同じインド・ヨーロッパ語族に属する同時代 (=古代) のゲルマン語に、
いや、さらに1歩譲って、
それより遥かに後の (世界史の時代区分では中世初期の) 「古 (期) 英語」 に
当てはめるのなら、未だかなり意義があるでしょう。

しかしながら、

「古英語」 は
「中英語」 期 と 「近代英語」 の初期にかけて
大変身をしたのです。
そして 「現代英語」 に成ったのです。

それはまるで、
毛虫がさなぎの時期を経て蝶に成ったかのような大変身でした。


つまり、(語と語の) 文法関係を表すのに、
ラテン語やギリシャ語のような語形変化中心の 「古英語」 から、
まるで中国語の文法を主とし、日本語の文法を従としたような、
語順と仲介語中心の 「現代英語」 に大変身をしたのです。

毛虫の行動を理解し予測する規則群で、
蝶の行動を正しく理解し予測することは決してできないでしょう。

同様に、
『語形変化』 中心の 「ラテン語」や 「古英語」
の文法規則群で、

『語順』 と 『仲介語』 中心の 「現代英語」
の成り立ちを正しく理解し、正しく作文する
ことなど決してできません。


以上のようなことは、英語と英文法の歴史をザーッと観るだけで、
素直な英語の研究者や先生方なら、誰にでも分かることではない
でしょうか?

なのになぜ、「学習英文法」 が未だに 「ラテン文法」 の枠組みを
当てはめたままになっているのでしょう?

それは、世界中の英語の研究者や先生方が
未だにラテン文法の亡霊に取り付かれていらっしゃるからでしょう
と、ここでは言っておくことにします。

(それは実は、この科学的な学問の近・現代においてなお、研究
者や先生方が事、学習英文法に関しては、ラテン文法を文法の
神様だと信じ、崇拝なさってやまないからでしょう。
2014年4月14日)。

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